21歳の記録

頭の中のことを言語化する練習をしてます。学生です。

世界は幻想で出来ているとようやく気がついた

ドラマに出てくるズボラ設定の女性の髪型が、プロのヘアメイクによって計算されてスタイリングされたものだと気がついたのはいつだったか。

自然体を装うテレビのバラエティ番組でも、出演者に事前にアンケートを行い、それを元に構成されていると知った時の衝撃はなかなか忘れがたい。

 

漫画から実写化された高校が舞台の青春映画が、成人した俳優たちによって演じられ、成人した大人が脚本を書き、成人したスタッフたちの細部にわたる働きによって作り上げられた物だと頭の中ではわかっていても、自分にとっての「青春」のイメージは映画の情景だった。

小学生の頃想像していた高校生は、名探偵コナンの工藤新一、毛利蘭のような姿で、高校生になれば自然とあんな風にスタイルが良くなり、人を好きになるのだと思っていた。

だから、高校生に入学した時は何も変わらない自分に落胆したし、高校を卒業した日に自分は何も青春らしいことをせずに、高校生活が終わったと思った。何か忘れているような気がした。まさにブックスマートの主人公ように。

でも僕が住んでいるのは日本で、派手な卒業パーティーはないし、3月に大学入試が終わったばかりで車の免許なんて持ってない。何より、はたから見て普通な高校生活が、たった1日で「素晴らしい青春」という思い出に成り代わるだなんて思いもしなかったから。

 

卒業式の後は3年間一緒に過ごした友人と食べ放題を食べに行った。

特に何も変わらない1日。一生に「一度しかない高校生活」はあっけなく終わった。

 

でも高校を卒業して3年経った今考えてみたら自分が信じていた「青春」とやらは、大人が自身が手に入らなかった理想や、時が経って過去に存在していたように思い込んだ錯覚、もしくは僕と同じようにこの世界に溢れかえる「青春」がテーマの作品のイメージから正解だと思い込んだ人が作り出した、この世に存在しない、いわば幻想の青春だった。

 

高校で国語の先生が「距離こそ美」だと事あるごとに言っていた。

僕もあと10年経てば、この世に幻想の青春を振りまいている大人たちのように、自分の過去に「#青春の思い出」として、キレイなフィルターをかけて、どこかにアップするのかもしれない。

 

だけど、まだ高校生活を美化できない今のうちに書いておきたい。これを見つけてくれた中高生がいたら、読んでみてほしい。

大人が作った幻想の青春は、一見眩しくて魅力的かもしれないけれど、それは飽くまで作られら物だから自分の人生をかけて全てを模倣するのは危険を伴うことがある。

そして、その幻想を作った大人たちは責任は取ってくれないから、自分で考えて取捨選択しないといけない。

まだ自分を子どもだと思ってるかもしれないけど、もうとっくにあなたの人生は始まっていて、身近な信頼できると思った大人も、全て正しいことはなく、その人たちから影響を受けて行った言動だとしても、他人からはあなた自身の言動として判断されること。

 

時間が経てば、あなたたちが今やっていることは「青春」と呼ぶことができる。

だから、青春という言葉にも、それに伴う正解な顔をしているイメージに飲み込まれずに、自分の頭で考えてみてほしい。自分がなにをしたいのか、したくないのか、分からなりに、どここまではOKで、どこからはNGなのか。

 

健康でも不健康でも、楽しくても楽しくなくても、どれも完全に良いものでもなく悪いものでもないから。

環境が変われば変わることだし、今いるあ場所が合わなければ他の場所を探そう。

 

こんな文章を書いてる僕も、本当に無責任だよね。

騙されなで、良い選択を。